「聴く」を探究する4日間 ― 心がほどけ、命が甦(よみがえ)る対話の時間
- azonezero
- 6 日前
- 読了時間: 3分
2026年1月22日(木)〜25日(日)、
AZ-One Quest Centerにてダイアログクエスト(3泊4日)が開催されました。
福岡、芦屋、大阪、伊豆、神奈川から5名の参加者が集い、
「人を聴くとは何か」をテーマに、対話と探究の時間を共にしました。

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### 言葉を“聞いていた”私たちから、「人を聴く」私たちへ
探究のはじまりで多くの参加者が気づいたのは、
私たちはこれまで**人を聴いているつもりで、実は言葉を処理していただけだった**ということでした。
> 「相手の言葉を聞いていると思っていたけれど、実際には自分の過去の経験と結びつけて聞いていただけだった」
> 「同じ言葉でも、その人が捉えている感覚や感情はまったく違う。私たちはそれを同じだと思い込んでいたんだと気づいた」
言葉は便利な道具である一方で、
相手そのものを聴くことを妨げてしまう側面も持っています。
この構造に気づいた瞬間、参加者の認識は大きくほどけていきました。
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### 聴いてもらうことで、心と身体が自然に回復していく
対話が深まるにつれ、場には静かな変化が生まれていきました。
ただ評価せず、答えを出そうとせず、
そばで耳を傾け合う――
それだけで、心と身体が自然にゆるみ始めていきます。
> 「私の中から津波のように涙が溢れて止まらなかった。
> 重たい何かを手放して、心がふっと軽くなった感じがした」
> 「聴かれる体験を重ねるだけで、ココロもカラダも自然と開いて元気になっていく。その人らしい輝きを取り戻していくのを感じた」
ある参加者は、この変化を**自然治癒力が働く感覚**にたとえました。
> 「いのちがいつも良くなろうと働いているように、聴き合いの中で自然と回復が起こっていくようだった」
“聴く”という行為そのものが、人のいのちを回復させていく力を持っていることが、体感として共有されていきました。
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### 「人を聴く」は、まず自分を聴くことから始まる
探究が進む中で浮かび上がってきたのは、
人を聴くことと、自分を聴くことは切り離せないということでした。
> 「これまで人の話を聞いているつもりだったけれど、実際には自分の枠を通して聞いていただけだった。相手の“今”を聴いていなかった」
> 「不完全な自分を否定せず、そのまま気づいてあげることも“聴く”ことの一部だと感じた」
自分の違和感や感情を抑え込むほど、
私たちは相手の言葉に反応し、防御し、対立を生みやすくなってしまいます。
自分自身を深く聴いていくことで、
初めて相手の世界にも触れられる対話が生まれていくことが、実感として理解されていきました。
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### 聴き合いが育む、調和する関係性
コースの中で生まれた印象的な言葉があります。
> 「聴く人が、聴く人を育てる」
誰かに深く聴いてもらう体験は、
次に誰かを聴く力へと自然につながっていきます。
> 「ただ聴くこと、ただそばにいることの底しれぬ力を感じた」
> 「人を聴くことは、人も社会も元気にする処方箋のようだと思った」
対立や正しさのぶつかり合いではなく、
存在そのものが通い合う関係性へ。
参加者一人ひとりの表情がやわらぎ、輝いていく姿が、その変化を物語っていました。
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### 生きた対話が、その人の命を甦(よみがえ)らせていく
この4日間で起きていたのは、コミュニケーション技法の習得ではありません。
* 言葉の構造への深い気づき
* 心と身体の自然な回復
* 自己と他者へのまなざしの転換
* 関係性そのものの質の変容
まさに「生きた対話」がその人の命を甦(よみがえ)らせていくプロセスでした。
ダイアログクエストは、
話し合いを上手くする場ではなく、
**人が本来持っている“聴き合う力”を思い出していく探究の場**です。

AZ-One Quest Centerのコースについては



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