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対話探求会 in 東京 ── あの日、何が起きていたのか

21 時間前
読了時間: 9分
初めての人もたくさんいたけど、すっかり親しい間柄に
初めての人もたくさんいたけど、すっかり親しい間柄に

9月15日、東京にて「対話探求会」が開かれました。


主催は、resonance salonの田中栄一さん・三木卓さん・石田えりさんのチーム。

4月に続く第2回で、アズワン鈴鹿コミュニティの小野雅司がファシリテーターを務めました。

(第1回の記事はこちらから) 集まったのは22名。半数が初めての参加でした。

会場は和室。

円になって座り、昼食を挟んで5時間半、じっくりと対話を重ねる一日になりました。 そして会が終わったあと、参加した方の4人が、それぞれの言葉で長い文章を書いてくれました。

主催者として、エンジニアとして、アーティストとして、塾を営む人として。


同じ場にいて、同じ話を聞いて、けれど受け取ったものはまったく違う。



この記事は、イベントの報告というより、その言葉を手がかりに、あの場で何が起きていたのかをもう一度眺めてみたものです。



●午前:対話が死んでいくとき


自己紹介のあと、小野が自身の45年を「対話」という軸で語りました。


20歳で初めて対話に出会ったこと。

その対話が、実際に新しい社会をつくっていったこと。

そして、その対話が死んでいったこと。


「自分たちはこんなすごいことをやれている」という奢り。

真実のあり方に合わせるうちに、矛盾を感じても言わなくなる。

抑える。隠す。装う。

問いが消え、答えが固定される。


39歳、無一文でそこを出て、鈴鹿で「今度こそ」と始めたはずでした。

けれど20数年後、同じことが起きます。


ミーティングで「これはおかしいんじゃないか」と思いながら、黙って聞いていた。

本心で生きられる場をつくろうとしていた自分が、本心を言えなくなっていた——。



この話に、かなり静かになる時間がありました。


そのあと、グループに分かれて感想や意見を共有する時間を持ちました。

ここでも、コミュニティのこと、対話のこと、人間関係のことが、熱を持って語られていきました。



●「みんなが同じことを話すようになる」


参加者の一人、こじまJUKUを24年営んでいるゆきさんは、「対話が死んだ時」という言葉が強く残ったと書いています


最初は、みんなで話していた。

でも長く続くうちに、「これがいい」「こうするのが正しい」というものが共有されていく。


それ自体は悪いことではない。

むしろ、うまくいった経験が積み重なれば自然なことだ、と。


けれど、いつしか「ここでは、こう考えるよね」になる。

誰かに命令されたわけでもない。

ルールに書かれているわけでもない。

それなのに、違うことが言いにくくなる。


ゆきさんは、ここでハッとしたといいます。

対話がなくなるとは、誰も話さなくなることではない。

みんなが同じことを話すようになることでも起こる。


●「おかしいと感じる機能」が壊れる


参加者の一人、小俣伸二さんは計測・制御を専門とするエンジニアです。

会が終わってから、こう考え始めたといいます


「これ、制御系として描いたらどうなるんだろう?」


小野の話の中に、こんな場面がありました。

ある環境に長くいることで、本来なら感じるはずの違和感を、違和感として認識できなくなっていく。

最初は「あれ?」と思う。

でも繰り返されるうちに「まあ、こういうものかな」になり、やがて「何がおかしいのかわからない」になる。


小俣さんは、これを測定器の「ゼロ点ドリフト」に例えました。


基準点そのものが少しずつズレていけば、異常な値なのに「正常」と表示される。

ルールがおかしいのか。

人間関係がおかしいのか。

それ以前に、「おかしい」と感じるセンサーそのものが麻痺している。


小俣さんは、そこから「壊れないコミュニティ」ではなく、「壊れ始めたことに気づき、戻れるコミュニティ」という方向を考え始めます。


●「共同体」ではなく、「共異体」


午前の締めくくりに、栄一さんが文化人類学の視点からの問いを紹介しました。


明治時代に「community」を「共同体」と訳したのは、少し違っていたのではないか。

「共同体」という言葉を、私たちは「同じものを共に体現するもの」と捉えてきたのではないか。

そこで栄一さんは、「異なるものが共にある」という意味を込めて、「共異体」と呼んでみるのはどうだろう、と問いかけました。


異なるものをそのまま受け入れつつ、オープンに響き合いながら、新しい関係性を更新し続けていく。

栄一さんは、その紐帯を創り出す有力な手段の一つが対話ではないか、と投げかけました。


●午後:テーマが選ばれていく過程


昼食を挟んで午後は、その場で全員が探究するテーマを選びました。


候補の中には「生きた対話、死んだ対話」もありましたが、最終的に選ばれたのは「自由と調和」「自分との対話、他者との対話」の二つ。


栄一さんは後日、この過程自体が興味深かったと振り返っています。事前の打ち合わせでは一つに絞る予定だったものが、参加者の意見から二つにしようと変化していった。

テーマを決めるという行為そのものが、すでに生きた対話だったとも言えます。


そして始まったグループ対話では、会場の空気がどんどん変わっていきました。

あちらでも、こちらでも、話が続く。

終了の声がかかっても、まだ終わらない。


午前中に「対話が死んでいくとき」の話をしていた同じ場所で、今度は、対話そのものが動き始めていました。


その様子を見ていた現代アーティストのハナイ・チエさんは、こう書いています


「みんな、本当はこんなにも語り合いたいのだな」


あなたの地球は、どんな地球?


チエさんは、「共異体」という言葉から、以前から制作している自身の作品《あなたの地球はどれ?》を思い起こしたといいます。



私たちは皆、同じひとつの地球に生きている。

けれど、意識の中で生きている「地球」は、一人ひとり違うのではないか。

同じ出来事を見ても、感じることは違う。

大切にしているものも、正しいと思うことも違う。


「きっと相手も自分と同じように考えている」と思ってしまえば、わざわざ確認する必要はありません。

けれど、相手はまったく違う「地球」を生きているかもしれない。

そう思えたとき、初めて「あなたは、どう感じているの?」と聞くことができる。


違いをなくして同じになるのではなく、違うまま存在することを認め合う。

チエさんは、それが対話の始まりではないかと書いています。


●「所属する場所」より、「帰れる場所」


ゆきさんは、もう一つのことを考えたといいます。


ひとつのコミュニティの中で、生活も人間関係も価値観も完結する。

かつては、そんなあり方が一つの理想だったのかもしれない。

けれど今の時代は、少し違うのではないか。


外にも世界があっていい。

いくつもの場所とつながっていていい。

しばらく離れてもいい。

そして、帰りたくなったら帰ってくればいい。


「ずっと所属する場所」より、「いつでも帰れる場所」。


そんなことを考えていて、ゆきさんはふと気づいたそうです。

「あれ? こじまJUKUって、もう『帰れる場所』になってるかも」


卒業して、大学生になって講師として戻ってくる子。

ふらっと遊びに来る子。

大人になって「自分の子どもを通わせたい」と言ってくれる人。

もちろん、そのまま会わなくなる子もたくさんいる。それもいい。


つなぎ止める仕組みはありません。

でも、何かのときに思い出して、ふらっと帰ってくる。

そして何年ぶりでも、「おかえり」と言える。


ゆきさんは、こう書いています。

縛らないから、つながっていられる。

人が離れない場所をつくるのではなく、離れても、帰ってこられる場所をつくる。


24年経って初めて、「ああ、私がつくりたかったのは、こういう場所だったのかもしれない」と気づいたそうです。


●語られなくなった「生きた対話」


チエさんは、最後にもう一つ印象的な気づきを書いています。


候補に挙がっていた「生きた対話、死んだ対話」というテーマが、最後には残らなかったこと。

すでにその場に「生きた対話」が起きていたから、「生きた対話とは何か」というテーマが残らなかったのではないか、と。


チエさんは、会社員時代の上司から聞いた言葉を引いています。

「愛のあるところには、『愛』という言葉はない」


●それぞれの地点から


四つの文章を並べて読むと、不思議なことに気づきます。


同じ場にいて、同じ話を聞いたのに、見えていたものはまるで違う。


栄一さんが投げかけたのは、「共異体」という言葉でした。

異なるものが共にある関係を表そうとしているのだと思います。


ゆきさんが書いたのは、「みんなが同じことを話すようになる」という、日々の場で起きていることでした。


小俣さんが描いたのは、「センサーのゼロ点ドリフト」という構造でした。


チエさんが書いたのは、「一人ひとりが違う地球を生きている」という、表現者の視点でした。


言葉として、実感として、構造として、感覚として。

四つはまったく違う言葉で書かれています。


けれど、違うまま並べてみると、一つの場の輪郭が浮かび上がってくる。

どれか一つでは見えなかったものが、四つあることで見えてくる。

そして誰も、「だから完璧な場をつくろう」とは言っていません。


小俣さんは「壊れないコミュニティ」ではなく「壊れても戻れるコミュニティ」を、

ゆきさんは「縛らないから、つながっていられる」を、

小野は「不完全なお互いを、オープンにできることが健全なんだ」を、

チエさんは「違うまま、輪になる」を、それぞれの言葉で書いています。


●自由と調和のほうへ


会の後、栄一さんが一枚の図を送ってくれました。

対話会のときにボードに書いていたものを、ブラッシュアップしたものです。



縦軸に調和と不調和、横軸に自由と不自由。


左下には、国家・政治権力。

支配と略奪。不自由で、不調和。


右下には、資本主義。

マーケット・貨幣・交換。自由にはなったけれど、調和は失われている。


左上には、古い共同体。

贈与と返礼。調和はあるけれど、自由がない。


そして右上。

自由でありながら、調和している場所。

栄一さんはそこを「変幻自在な場」と名づけ、これから目指す方向、と書いています。


午後のテーマが「自由と調和」だったことを思うと、あの日の対話が、そのままこの図に流れ込んでいるように見えます。


異なるものが、異なるまま、共に響き合う。

異なる者同士が、自由でありながら調和していく関係性。

そこを、これからも探究していきたいと思います。


この場を共につくってくれた栄一さん、三木さん、えりさん、そして集ってくれた皆さんに、心から感謝を。


そして、それぞれの言葉で書いてくれた皆さんに、あらためてお礼を伝えたいと思います。


次の場でも、またご一緒できることを楽しみにしています。

 
 
 

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