対話探求会 in 東京 ── あの日、何が起きていたのか

9月15日、東京にて「対話探求会」が開かれました。
主催は、resonance salonの田中栄一さん・三木卓さん・石田えりさんのチーム。 4月に続く第2回で、アズワン鈴鹿コミュニティの小野雅司がファシリテーターを務めました。 (第1回の記事はこちらから) 集まったのは22名。半数が初めての参加でした。 会場は和室。 円になって座り、昼食を挟んで5時間半、じっくりと対話を重ねる一日になりました。 そして会が終わったあと、参加した方の4人が、それぞれの言葉で長い文章を書いてくれました。 主催者として、エンジニアとして、アーティストとして、塾を営む人として。 同じ場にいて、同じ話を聞いて、けれど受け取ったものはまったく違う。 | ![]() |
この記事は、イベントの報告というより、その言葉を手がかりに、あの場で何が起きていたのかをもう一度眺めてみたものです。
●午前:対話が死んでいくとき
自己紹介のあと、小野が自身の45年を「対話」という軸で語りました。
20歳で初めて対話に出会ったこと。
その対話が、実際に新しい社会をつくっていったこと。
そして、その対話が死んでいったこと。
「自分たちはこんなすごいことをやれている」という奢り。
真実のあり方に合わせるうちに、矛盾を感じても言わなくなる。
抑える。隠す。装う。
問いが消え、答えが固定される。
39歳、無一文でそこを出て、鈴鹿で「今度こそ」と始めたはずでした。
けれど20数年後、同じことが起きます。
ミーティングで「これはおかしいんじゃないか」と思いながら、黙って聞いていた。
本心で生きられる場をつくろうとしていた自分が、本心を言えなくなっていた——。

この話に、かなり静かになる時間がありました。
そのあと、グループに分かれて感想や意見を共有する時間を持ちました。
ここでも、コミュニティのこと、対話のこと、人間関係のことが、熱を持って語られていきました。

●「みんなが同じことを話すようになる」
参加者の一人、こじまJUKUを24年営んでいるゆきさんは、「対話が死んだ時」という言葉が強く残ったと書いています。
最初は、みんなで話していた。
でも長く続くうちに、「これがいい」「こうするのが正しい」というものが共有されていく。
それ自体は悪いことではない。
むしろ、うまくいった経験が積み重なれば自然なことだ、と。
けれど、いつしか「ここでは、こう考えるよね」になる。
誰かに命令されたわけでもない。
ルールに書かれているわけでもない。
それなのに、違うことが言いにくくなる。
ゆきさんは、ここでハッとしたといいます。
対話がなくなるとは、誰も話さなくなることではない。
みんなが同じことを話すようになることでも起こる。
●「おかしいと感じる機能」が壊れる
参加者の一人、小俣伸二さんは計測・制御を専門とするエンジニアです。
会が終わってから、こう考え始めたといいます。
「これ、制御系として描いたらどうなるんだろう?」
小野の話の中に、こんな場面がありました。
ある環境に長くいることで、本来なら感じるはずの違和感を、違和感として認識できなくなっていく。
最初は「あれ?」と思う。
でも繰り返されるうちに「まあ、こういうものかな」になり、やがて「何がおかしいのかわからない」になる。
小俣さんは、これを測定器の「ゼロ点ドリフト」に例えました。
基準点そのものが少しずつズレていけば、異常な値なのに「正常」と表示される。
ルールがおかしいのか。
人間関係がおかしいのか。
それ以前に、「おかしい」と感じるセンサーそのものが麻痺している。
小俣さんは、そこから「壊れないコミュニティ」ではなく、「壊れ始めたことに気づき、戻れるコミュニティ」という方向を考え始めます。
●「共同体」ではなく、「共異体」
午前の締めくくりに、栄一さんが文化人類学の視点からの問いを紹介しました。
明治時代に「community」を「共同体」と訳したのは、少し違っていたのではないか。
「共同体」という言葉を、私たちは「同じものを共に体現するもの」と捉えてきたのではないか。
そこで栄一さんは、「異なるものが共にある」という意味を込めて、「共異体」と呼んでみるのはどうだろう、と問いかけました。
異なるものをそのまま受け入れつつ、オープンに響き合いながら、新しい関係性を更新し続けていく。
栄一さんは、その紐帯を創り出す有力な手段の一つが対話ではないか、と投げかけました。
●午後:テーマが選ばれていく過程

昼食を挟んで午後は、その場で全員が探究するテーマを選びました。
候補の中には「生きた対話、死んだ対話」もありましたが、最終的に選ばれたのは「自由と調和」「自分との対話、他者との対話」の二つ。
栄一さんは後日、この過程自体が興味深かったと振り返っています。事前の打ち合わせでは一つに絞る予定だったものが、参加者の意見から二つにしようと変化していった。
テーマを決めるという行為そのものが、すでに生きた対話だったとも言えます。
そして始まったグループ対話では、会場の空気がどんどん変わっていきました。
あちらでも、こちらでも、話が続く。
終了の声がかかっても、まだ終わらない。
午前中に「対話が死んでいくとき」の話をしていた同じ場所で、今度は、対話そのものが動き始めていました。
その様子を見ていた現代アーティストのハナイ・チエさんは、こう書いています。
「みんな、本当はこんなにも語り合いたいのだな」
あなたの地球は、どんな地球?
チエさんは、「共異体」という言葉から、以前から制作している自身の作品《あなたの地球はどれ?》を思い起こしたといいます。

私たちは皆、同じひとつの地球に生きている。
けれど、意識の中で生きている「地球」は、一人ひとり違うのではないか。
同じ出来事を見ても、感じることは違う。
大切にしているものも、正しいと思うことも違う。
「きっと相手も自分と同じように考えている」と思ってしまえば、わざわざ確認する必要はありません。
けれど、相手はまったく違う「地球」を生きているかもしれない。
そう思えたとき、初めて「あなたは、どう感じているの?」と聞くことができる。
違いをなくして同じになるのではなく、違うまま存在することを認め合う。
チエさんは、それが対話の始まりではないかと書いています。
●「所属する場所」より、「帰れる場所」
ゆきさんは、もう一つのことを考えたといいます。
ひとつのコミュニティの中で、生活も人間関係も価値観も完結する。
かつては、そんなあり方が一つの理想だったのかもしれない。
けれど今の時代は、少し違うのではないか。
外にも世界があっていい。
いくつもの場所とつながっていていい。
しばらく離れてもいい。
そして、帰りたくなったら帰ってくればいい。
「ずっと所属する場所」より、「いつでも帰れる場所」。
そんなことを考えていて、ゆきさんはふと気づいたそうです。
「あれ? こじまJUKUって、もう『帰れる場所』になってるかも」
卒業して、大学生になって講師として戻ってくる子。
ふらっと遊びに来る子。
大人になって「自分の子どもを通わせたい」と言ってくれる人。
もちろん、そのまま会わなくなる子もたくさんいる。それもいい。
つなぎ止める仕組みはありません。
でも、何かのときに思い出して、ふらっと帰ってくる。
そして何年ぶりでも、「おかえり」と言える。
ゆきさんは、こう書いています。
縛らないから、つながっていられる。
人が離れない場所をつくるのではなく、離れても、帰ってこられる場所をつくる。
24年経って初めて、「ああ、私がつくりたかったのは、こういう場所だったのかもしれない」と気づいたそうです。
●語られなくなった「生きた対話」
チエさんは、最後にもう一つ印象的な気づきを書いています。
候補に挙がっていた「生きた対話、死んだ対話」というテーマが、最後には残らなかったこと。
すでにその場に「生きた対話」が起きていたから、「生きた対話とは何か」というテーマが残らなかったのではないか、と。
チエさんは、会社員時代の上司から聞いた言葉を引いています。
「愛のあるところには、『愛』という言葉はない」
●それぞれの地点から
四つの文章を並べて読むと、不思議なことに気づきます。
同じ場にいて、同じ話を聞いたのに、見えていたものはまるで違う。
栄一さんが投げかけたのは、「共異体」という言葉でした。
異なるものが共にある関係を表そうとしているのだと思います。
ゆきさんが書いたのは、「みんなが同じことを話すようになる」という、日々の場で起きていることでした。
小俣さんが描いたのは、「センサーのゼロ点ドリフト」という構造でした。
チエさんが書いたのは、「一人ひとりが違う地球を生きている」という、表現者の視点でした。
言葉として、実感として、構造として、感覚として。
四つはまったく違う言葉で書かれています。
けれど、違うまま並べてみると、一つの場の輪郭が浮かび上がってくる。
どれか一つでは見えなかったものが、四つあることで見えてくる。
そして誰も、「だから完璧な場をつくろう」とは言っていません。
小俣さんは「壊れないコミュニティ」ではなく「壊れても戻れるコミュニティ」を、
ゆきさんは「縛らないから、つながっていられる」を、
小野は「不完全なお互いを、オープンにできることが健全なんだ」を、
チエさんは「違うまま、輪になる」を、それぞれの言葉で書いています。
●自由と調和のほうへ
会の後、栄一さんが一枚の図を送ってくれました。
対話会のときにボードに書いていたものを、ブラッシュアップしたものです。

縦軸に調和と不調和、横軸に自由と不自由。
左下には、国家・政治権力。
支配と略奪。不自由で、不調和。
右下には、資本主義。
マーケット・貨幣・交換。自由にはなったけれど、調和は失われている。
左上には、古い共同体。
贈与と返礼。調和はあるけれど、自由がない。
そして右上。
自由でありながら、調和している場所。
栄一さんはそこを「変幻自在な場」と名づけ、これから目指す方向、と書いています。
午後のテーマが「自由と調和」だったことを思うと、あの日の対話が、そのままこの図に流れ込んでいるように見えます。
異なるものが、異なるまま、共に響き合う。
異なる者同士が、自由でありながら調和していく関係性。
そこを、これからも探究していきたいと思います。
この場を共につくってくれた栄一さん、三木さん、えりさん、そして集ってくれた皆さんに、心から感謝を。
そして、それぞれの言葉で書いてくれた皆さんに、あらためてお礼を伝えたいと思います。
次の場でも、またご一緒できることを楽しみにしています。





コメント