素でいられること、大丈夫って知っていること——私の安心を探る一日
- 3 日前
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5月31日(日)、大阪・枚方で、関西ミーティングが開かれました。
昨年9月にスタートし、2か月に一度のペースで続いているこの場。アズワンネットワークに関わる人たちが、日常の中での気づきや探究を持ち寄り、互いに聴き合う時間です。今回も各地から人が集まり、はじめから和気藹々の雰囲気の中、場は始まりました。
持ち寄りの豊かなお昼も、大きな楽しみです。Sちゃんちの愛犬・まるこも参加。かわいいワンコに場が和み、笑い声が絶えない一日になりました。
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午前は、「最近どう?」から
まず午前は、それぞれの近況を出し合うところから始まります。
会わないうちに色々あった人、相変わらずの人。それぞれの「今」を聴きながら、自分自身を省みる時間。人を聴きながら、自分の内側も、静かに動いていきます。
その中から、自然と問いが沸き起こってくる。今日の午後のテーマは何にしよう——そうして集まった問いを持ち寄り、みんなで決めたテーマが、
「私の安心って?」
でした。
午後——沈黙から始まる探究
午後の探究会。まずは、ホワイトボードの前で、それぞれが自分の内側をのぞき込む沈黙の時間がありました。
同じ空間にいながら、みんなどこか遠くへ散っていくような、あの静かな時間。ある参加者は、「この沈黙タイムがとても好き」と言っていました。
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ボードに書き出されたもの、語られたことを、少し紹介します。
ある参加者が書いたのは、
「素でいられること」
取り繕って規格に合わせることもできる。でも、年々、その疲れ方がエグい。だめでどうしようもない部分があっても、それでも「良し」と思えるなら、防御したり、武装したり、カチカチに固めなくていい——
そんな言葉が出てきました。
もうひとつ書き出したのは、
「衣食住が整っている」
でも、よく考えてみると、戦争や災害があれば、お金も備蓄も一瞬で失われる。だから「物質」としての安心ではなく、「何があっても何とかなる、何とでもできる」という自信——他への信頼と自己信頼——がある状態のことが書きたかったのだと、話してくれました。
生命は、いつも健康になろうと作用している。そんな自分という存在の、元々持っている生命の力をフッと思い出せる瞬間になりました。
みんなが思うままに話し、聴き、またそれぞれに湧いてくるものを話して——を繰り返していくうちに、
「安心って、"大丈夫"って知っていること、なのかな?」
という言葉が浮かんできました。
すべてのものは壊れ、移ろう。確かなものなど何もない。それが実際の世界だとしたら——。
その言葉が出たあとも、みんなの中で何かがまだ動いていました。問いが解けたわけではなく、むしろ問いの質が変わっていくような、あの感じ。
「安心な世界を法律でつくろうとしても、イタチごっこになる」——そんな言葉も、ふわりと漂っていました。
前回(3月)のミーティングでも、「自分との調和が、社会との調和へ」というテーマで語り合い、「安心の巣」という言葉が生まれました。今回の「私の安心って?」という問いは、その続きのようでもありました。
外に安心を求めるのではなく、自分の内側を見ていく。自分が自分にどう接しているのかを問い直していく。
そんな探究が、少しずつ深まっている感じがします。
この場が、回を重ねるたびに、そのことを感じさせてくれます。
次回は、7月19日(日)。










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